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自己紹介

Seiji1965です。日焼けはしてません。ちなみに「狸」でないよ!本人は人間ですよ。絵は猫のつもり。
 北海道・札幌出身。プログラマー・デザイナー・作詞/作曲家・シナリオ作家などいろいろな肩書きがある。
 大学を卒業後、大手ソフト会社で仕事をする。東京での生活が肌に合わなかったので、一年半で帰郷。地元でプログラミング・SEの仕事で生活を支える。現在、フリー。
 高校2年の時、精神の病に冒される。が、見て見ぬふりで、世を渡る。現在、精神障がい者として認知され福祉の保護を受けながら独立して生計を立てている。独身。
★プライベートデータ★

血液型
 O型

星座
 牡牛座

生年
 1965年

趣味
 音楽(ピアノ・サックス)、コンピュータ(ハードウェア・ソフトウェア・通信)、猫を可愛がる(ん?)

好きな物
 ペットたち(にゃんコロ・わんコロ・小鳥)、食べ物(スープカリー・回転寿司・関東系うな重+月島もんじゃ焼と関西たこ焼・札幌ラーメン)、音楽(アントニオカルロスジョビン・宮川泰・ギロック  YMO・capsule)、子供(小動物・人..)

嫌いな物
 汚い人(心が汚い・身の回りが汚い・清潔になろうとしない)、暴力(武力戦争・暴行・いじめ..などなど)、肉レバー、生臭い食べ物

好きな女性のタイプ(まぁ、独身なのでいちおう・・・)
 大事にしたいと思う人、価値観に理解ある人、相性の合う人

PC経験などの年表
昭和57年 シャープポケットPCを購入、プログラミングを始める
   〃 NECのPC-6001mkUを購入、グラフィックを始める
昭和59年 大学(工学部電気工学科)入学、大型計算機を扱う
昭和62年 Pasclalで非線形計画問題の論文作成、無事に卒業
昭和63年 日立系列の会社に就職、汎用機のプログラミングを始める
   〃 NECのPC9801RXとドットプリンターを購入

その後、自作DOS/Vに切り替える
平成18年 NPO団体にて、PC全般にわたる仕事に携わる

サイトの紹介
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Other 文芸作品(シナリオ・エッセイ)、その他
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Blog 見ての通り、インターネット日記です。自分のサイトで管理してます。
Email:info@seiji1965.com

パソコンに出会って、この道を選んだ・・・。 (2007/08/25)
 小学校4年の時、クラブ活動に入ることになり「電気クラブ」を選んだ。ここで、僕は1石ラジオ(ダイオード1個とコイル、抵抗)をキットを買って組み立てて、ラジオを聞いた。その後、アナログ回路を読んでは部品を集めて組み立てた。ラジオインターフォンや電卓の組み立てが面白かった。

 高校2年の時、街中の百貨店でパソコンフロアーがオープンした。そこには、SHARPのMZシリーズやNECのPC-8001が展示しており、富士通はFM-7やFM-8があったあった。東芝ではパソピア7や日本語ワープロ(かなり大きい物だったが)のデモを行っている。ハドソンソフトは8ビットCPUのBASIC言語(インタープリタ)を音声信号(ビープ音)で録音したカセットテープを販売していた。そのソフトは、ほとんどがゲームだった。当時は任天堂がゲームウォッチを販売しファミコンが出る直前でした。
 安売り王8(エイト)という量販店に父と買い物に行ったときに、SHARPのPC-1245というポケットコンピュータが6〜8千円で売っていたので、家に帰って考え込み、貯金通帳からお金を引き出して購入した。父は「何に使うンだい?」などと、冷やかされた。とりあえず、BASICは百貨店で勉強していたので簡単なプログラミングができる。(その後、大学の実験レポートに、このプログラムできるポケコンが大活躍することに・・・)早速、マニュアルに載っていたゲームプログラムを入力しポケコンに保存した。初めてのプログラム入力でした。長いソースを入力しRUN(実行)を入力。早速、文法エラーが出た!入力ミスがあったのだ。(建築関連の仕事はごまかしが効くが、コンピュータプログラミングの仕事はごまかせない!厳しい仕事だと気づいたのは、社会人1年目になってからである)
 PC−1245は液晶の1行ディスプレイがあるのみで、グラフィックは基本的には出来ないことになっている。直接、V-RAMにpoke関数で書き込まないと、できない。これを行うと、フリーズがした。そのため、プログラムを外部記録装置に保存しないといけなかったのです。(音声信号入出力でやった)

 PC6001mkIIを購入した。貯金の全てを使って!5〜6万したと記憶している。このこのパソコンは、「しゃべるパピコン」といわれてて、たしか「OOO talk "ohayou"; 」で「おはよう」としゃべる。音色は男性・女性の2種類が内蔵されていました。
 PC6001と互換性があり、電源を入れたときにモードを選択し、6001と6001mkIIと分けて使わなければならなかった。
 このパソコンはRGB出力とRFモジュレータ(パソコンやゲーム機などのビデオ出力信号を、家庭用テレビのアンテナ端子から入力できるようにする変換器。2チャンネルか1チャンネルを使う。ファミコンもそうだったはず)でより、ディスプレイ画面に映し出すことになる。
 RFモジュレータの初期のバージョンは、画面ににじみが出力される。これは、ドットが小さくなるとハッキリする。このにじみ効果を利用してゲームキャラクターに色を付けるという、面白い事を発見した。実際は白の1ドットを表示しているのに、緑い見えたりするのだ。
 8ビットで低価格なパソコンで、漢字(JIS)を扱えられたのが6001mkIIからである。後にPC6601も出たが同様に漢字扱いが出来る。漢字の表示では自動変換プログラムが無かったので、マニュアルの漢字コードを調べBASICのCHR$関数で表示させた。
 とにかく、この頃の「アナログ回路+デジタル回路」のパソコンが楽しかった。アナログにしかない自然現象が面白かった!
 6001mkIIからDTM(ディスクトップミュージック)を始めた。BASICで音程や長さをプログラミングして、結構、長いソースになった(チャイコフスキーの”花のワルツ”)。この楽譜はピアノ符で、自分では演奏が出来ないので、6001mkIIで実行したときは嬉しかった!

 高校3年の時に進路を決めなければならなかった。僕は、お金のかからない専門学校に進学したかったが、学校の先生が「大学に進んだ方が良い」と言い、母にもそういった。結局、デジタル自動制御技術を学ぶために工業大学に進学した。
 大学では、自主研究ができ人工知能言語を使ってみたり、マシン語の自由研究に入って学んだことがあった。このマシン語研究は単位をもらうことが出来ました。家にはお金がなかったので、ビルゲイツのようなコンピュータ環境を持つことが出来ず、自分の貯金が頼りだった。つまり、パソコンは親に買ってもらったことが一度もないです。

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